精神を鎮めて印を切った刹那、あたりを濃い霧が支配する。自然のものとは違う視界を奪う白い靄、自分の術が作り出したそれを見渡して佐助は「こんなもんかねえ」と呟いた。―――武士と共に戦場へ躍り出て駆ける事に特化した戦忍の彼は、どちらかというと天候を操る類の大規模な術は得意ではない。苦手分野に当たる術を、そうとは言いながら使ってみせるのは才能のなせる業だが、成功率、持続する時間、霧の濃さ、そういったものは不断の努力に於いて作られる。 自分が努力しているところを他人に見られるのは好きではなく、だから佐助はこうやってわざわざ夕暮れ前の微妙な時間に、自分の主であるこどもを別の忍に任せて出てきているのだった。
「まだまだ、だろう。霧が立ち込めるまでの時間がかかりすぎている」
ひとりごちた言葉に応えが返って、意識せず彼は眉間に皺を刻んだ。
「うるさいよ。『霧隠』の名前持ちと比較されたら誰でもまだまだだろ」
佐助が振り仰いだ背後の樹上には、うっすらと口元に笑みを刷いた男が腕を組んでこちらを見下ろしている。
「・・・言いたいのはそういうことではなくな」
「?」
ほら、と放り投げられた巾着を手で受け止めれば、かちゃりと固い感触が布越しにもあらわ。見なくても解る、これは銭だ。
「・・・何だよ、これ」
「『桃の花が咲いてきたゆえ花餅を所望する』だそうだ。大任だぞ」
「あーのーひーとーはー・・・・!」
じり、と耳の奥で火花が散る音がした。折角つくりだした霧が晴れてしまったのは自分の力量不足のせいであって、精神が乱れたからではないはずだ。きっとそうだ。

・・・・・・誰かそうだと言ってくれ。





さくり、と幽かな音が耳に届いて、槍を振っていた幸村は、帰ったのか、と言いながら鍛錬を切り上げ振り返り、そして絶句した。
「? どうかした、若?」
餅の包みを小脇に抱えた己の忍が訝しげに身を屈めて覗き込んでくるのに、委細構わず手を伸ばす。
「どうしたのだ、佐助?」
「いや、あんたがどーしたんですか」
答えずこどもは、佐助の独特の色をした髪を指先でつまんだ。雨は降っていなかったはずだが、うっすらと濡れた髪に、沈もうとする陽が赤光の粒子を飛ばす。

「・・・・・・髪に金粉が散っておるのだ」

一瞬絶句した佐助の背後で、才蔵が堪え切れなかったように笑いを零した。
「―――最高です、若・・・!」












 














夜虎のヨル様から思わぬもえしゅじゅうが はあはあ がっつりUP。
才蔵に見事にやられっぱなしです(輝くいい笑顔)勇気を出してよかった…!(ガッツポーズ)