WARNING! [大坂夏の陣後、史実+バサラ+妄想の混合話です] [死にネタ]



































然れども対城は生存す


 「真田源二郎幸村の首を一晩、御借りしたい」


 陣に入るなり頭を垂れた奥州の王に、家康は唖然としてしまった。 プライドの高い、孤高の月闇に映える狼のような男である。 それが何の感慨もなく、同等に近い同盟を結んだ家康に対し、このような。
 言葉の意味を解するよりも、驚きが勝って笑う暇もなかったのだ。

 「気味が悪りぃぞ、政宗。おめぇが額を地につける道理が何処にある」

 慌てて、まあ座れと指し示して盃に濁酒を注ごうとするのだが、 政宗はぴくりとも動こうとはしなかった。頑固な男だ、と家康は酒を 半分注いだところで盃を置いた。頑固であるが、こうして退いてはならぬ 物事を理解している一本筋な男でもある。故に両手を顔の横につけても 気高さを失わず、逆に威風をかもしだすのだろう。

 「真田の首を獲ったのはワシじゃねえ。おめぇでもねえ。
 ワシも名を初めて聞く武将だ。おめぇ曰く、『雑魚』なんだろうがな」
 奴は討ち取られる際も名を名乗らず、抵抗せず、「手柄とせよ」と 述べたのみと聞く。関東勢に男無しとはよくも言ってくれたものよ。
 悪口での挑発にワシらを愚弄したは許せんが、あれぞもののふの 逝き様なんだろうよ。

 「お前が固執する理由もわかる気がするがな。其の言霊はワシにぶつけるもんじゃねぇ。  力が強すぎる」
 そこまで言ってやっと、政宗は顔を上げ、上体を起こした。
 しかし普段は行儀悪く崩している足も未だ正座したままであり、 家康はどれだけあの紅蓮の男は、蒼月の男に存在を残したのだろうかと 静かに瞑目するだけだった。
 「では、恩賞を賜りたい。―――中途半端な酒は不味いだけなんでな」
 「なに、三河武士は酒とて強いッ!おめぇには負けんぞ、ハッハッハ」
 口端を上げ、言い切る頃には政宗は足を崩し、家康も酒が半分だけの盃に並々と 酒を注ぎ始めた。政宗の瞳は変わりなかったが、この男が何かを失ったのは確実であった。
 視覚にて確められるのは鈍く光る鍔の奥の、右目だけなのだろう。




 その後、許可は下りているとして政宗は首桶を丁重に借り受け、 (脅したと告げたほうが、表現として正しい) 一室にて真正面から対峙するように幸村の首を置いた。
 傍に控えている筈の小十郎も何も言わない。つまりは黙認しているのだと 政宗は知っていた。臣下の心遣いをありがたくも、憎くすらも感じながら、 月夜の光にほのかに照らし出される幸村を眺める。
 幾度も漆が重ねられ、金箔と螺鈿(らでん)にて飾られた蒔絵の化粧箱 を開くと鉛華の独特の香りが広がる。
 白粉なんざ、あんたから香ったことは一度たりとてなかった。

 「What good is anything if you're dead?(死んで花実が咲くものか?)」

 しんと静寂だけが支配する中で、その声はよく響いた。 鉄砲が掠ったのか、こめかみの傍に薄く切れた金瘡があり、政宗は 傷を埋めるように白粉をあてる。血の気の失われた顔は、以前のような 生気の塊をまったく感じない。
 白粉をあてるたび、頬紅を差すたび、容赦なく絶望を突きつけられている。

 首化粧の粗方を終えると、政宗は一旦手を下ろし軽い調子で口笛を吹いた。
 「Excellent!おいおい、化粧師の才があったとはな。もっと早くに気づくんだった」
 独眼竜手ずから死に化粧なんて後にも先にもあんただけだ。感謝しとけよ?
 忍び笑いも他に誰もおらずでは長くも続かず、次第に小さくなる。 完全に余韻も消え去った頃、政宗は下ろしていた手を持ち上げ、 幸村の髪に触れる。顔の表皮と髪とを行ったり来たり、行動に何らかの 意図があるわけではない触れ方で。

 「あんたを殺すのは俺以外にありえねえ」

 だけどあんたは俺の知らない場所で、俺の知らないヤツに殺られやがった。
 このオトシマエ、一体どうつけてくれるんだ?

 さらさらと触れた手を蛤の艶紅に伸ばし、貝の蓋をずらすとがぎりと 擦れる音がした。傍らにあった酒に指を濡らし、紅を溶かすと くらりと酔うような赤さで、酒よりも余程酔える錯覚に陥りかける。
 小指につけた紅をつう、と幸村の口唇に引き、引き終わると 今度は幸村の紅を奪い取るよう指を往復させる。 その指で自身の唇に紅を引くと、政宗は祈るように、呪詛を吐くように 目蓋を閉じた幸村と目線を交差させる。

 「おかげで来世だけじゃなく、未来永劫あんたとのDanceが決定しちまった」

 あんたとの決着がつかねえと、俺は天下獲りが出来ねえ。 最悪だな、と囁き、四隅を見渡す。 部屋の隅に狂気の渦がわだかまっている気がしたが、 月が隠れてしまったため確めようがない。





首実検前日の話。
イングリッシュを直してないのは純粋にスキルが足りないのと、生前そう問いかけたという裏設定です。